こんにちは、タカヒロです。
2024年度も終わり、春休みを迎えています。
今年度は、高校一年生への「英語コミュニケーションⅠ」「論理・表現Ⅰ」を担当してきました。
年度終わりということで、
ふとそんなことを考えてしまいます。
おそらく生徒同士も「○○先生の授業は良い授業だった。」そんな会話をしているのではないかと思います。
そこで、一旦立ち止まって、
そもそも英語の授業で「良い授業」ってどんな授業なんだろう
ということを改めて考えてみました。
備忘録的な記事です。ご興味を持って下さる方のみ、読み進めていってください。
Contents
【英語教育】教職12年目が良い授業とは何かを改めて考えてみた
考えてみれば、教員はかなりの時間を生徒から預かって授業をしています。
私が勤めている高校では、一年次に「英語コミュニケーションⅠ」の授業が週3時間、「論理・表現Ⅰ」の授業が週2時間あります。
年間を35週と考えると、英語コミュニケーションで年105時間、論理・表現で年70時間になります。
行事や休日があってそんなにフルで授業は出来ませんが、トータル175時間程の時間を生徒から預かって授業をしているわけですね。
そう考えるだけで、身が引き締まる責任を感じます…。
結論から言うと、
「良い授業」とは、生徒がその授業を受けたことによって、
①:家に帰ってから勉強するかどうか
②:新たな興味を持って何かに取り組むかどうか
だと考えました。
理想論かもしれませんが、そうでありたいなあと思ったことを書いていきます。
①:家に帰ってから勉強するかどうか
英語の授業運営で一番に考えるべきことは、生徒を自律的学習者に育てられるかどうかだと思います。
いくら教師が授業で細かく熱弁をしても、生徒に伝わっていない、聞いてノートに書いて満足する、のではあまり意味がありません。
「英語学習はスポーツのトレーニングに似ている」ということがよく言われます。
例えば、水泳のコーチがどれだけ泳ぎ方を熱弁しても、実際に生徒が泳がなければ泳げるようにはなりません。
それと同じで、英語の授業でも、いくら教師が熱弁しても、生徒が英語に触れなければ、生徒の英語力は伸びていきません。
そのように考えた時、英語の教師が「良い授業」をつくる上で大切なことは、
・その生徒が自分でトレーニングが出来るように、その基礎力を付けさせること
・授業でトレーニング法を紹介して、随時生徒のトレーニングを修正していくこと
だと思います。
具体的に言うと、
・帯活動などを通して基礎基本の定着を図っていくこと
・音読の仕方を授業で繰り返し指導すること
・長文読解を通して、必要な読解スキルを身に付けさせること
・リスニングに取り組み、その後シャドーイング練習を一緒にすること
・自分の意見を堂々と発信できるよう、繰り返し英作文に取り組むこと
などが挙げられます。
私の場合は音読を通して「音・文字・意味」を連結させていくことにこだわりを持っているため、音読トレーニングが多くなりますが、どんなトレーニングを実施していくかは、各教員のこだわりで良いのかと思います。
発音にこだわるも良し、意味順にこだわるも良しです。
担当の先生が自身の英語学習を通してこれまでに実際にしてきたトレーニングの方が、本当に芯のある授業へと繋がっていくと思います。
しかし、その紹介したトレーニングが自分で自宅でも出来る必要はあります。
年間175時間あるとはいえ、1日1時間の授業内だけでは英語力を上げることに限界があるため、家庭学習は欠かせません。
「授業でやったことを、家で自分で再度トレーニングしてみる」
「次の授業に向けてトレーニングしてみる」
そのような意識になって、生徒が自ら行動を始めたときに、本当に授業の意義が出てくるのかなと思います。
そのためには、生徒の実態を知った上で、少し負荷のかかる教材を作ったり、「できるようになる」という経験を積み重ねさせて自信を付けさせていくことが求められます。
なかなか奥が深いです。
②:新たな興味を持って何かに取り組むかどうか
もう一つ、英語の授業を「良い授業」にするために必要なことは、生徒に興味関心を抱かせられるかどうかだと思います。
授業で生徒が触れる英語が、実際にどうように使われているのかを常に意識して伝えていかなければなりません。
・教科書で出てきた単語やフレーズを、洋楽の歌詞と繋げる
・映画の字幕スクリプトと繋げる
・生徒が日常的に日本語で言っていることと繋げる
などの工夫が考えられます。
例えば、仮定法を伝えたのであれば、
このような場面を紹介したり、
以下のような英作文をさせたりするのも良いかもしれません。
「もし一日中体育だったら、めっちゃ嬉しいのに。」
「お前んちと家近かったら、毎日一緒にゲームできるのに。」
「あ、仮定法使えれば、結構色んな表現できそうじゃん。」
そうした感覚を生徒に持たせられたら、それだけでも授業の意義は大いにあるかと思います。
授業の終わりに、「じゃあこれに似た仮定法の文を2文作成するか、見つけてきて」と課題を出せば、生徒は主体的に課題に取り組むことができるはずです。
つまり、授業を通して、自分ひとりの勉強では気付けないことや、これまで知らなかったことに気付かせて、新たな興味を引き出すきっかけを多く与えることが大切なのかなと思います。
極論、授業はあくまできっかけ作り、でも良い気がします。
逆に、興味関心を引くきっかけのない授業は、ただ眠くなる授業になってしまう恐れがあります。
残念ながら、日本で暮らしている限り、実際に英語を使う場面は相当限られてしまっています。
そのため英語の授業では、なるべく多く実際の使用例を紹介して、英語あるいは海外に対する興味関心を高めさせていきたいです。
日常の中で、「これ授業で使えそうだな」といったアンテナを張りながら情報を収集し続ける必要や、生徒が自ら調べてみたくなるような「発問」を考え続ける必要がありそうです。
これまた奥が深いです。
つまるところ、ある授業を通して、生徒が「へえ、なんだか面白そう、帰ったらちょっと調べてみよう。」と思ってくれたら、それでその授業は成功なのではないでしょうか。
生徒がそのように自分から興味を持って何かに取り組み出した時に、計り知れない可能性が生まれてくるのだと思います。
良い授業を追求していく道は続く
まとめると、英語の授業を「良い授業」にするためには、
「生徒が家に帰ってから勉強(トレーニング)に取り組める仕掛けを作る」
「新たな興味を持って何かに取り組めるような、興味関心を引く仕掛けを作る」
ことが大切なのではないでしょうか。
そうした意識を持ちながら、新学期に向けて準備を進めていきたいと思います。
良い授業を追求していく道はまだまだ続きます。
先生方、また新年度頑張っていきましょう!
最後までご覧いただきありがとうございました。
ではまた!